少女・里中雛未
屍の満ちた戦場であった。
〝人〟と〝化け物〟が群れて、肥沃な大地を争った――此処は、その名残り。戦闘はつい数分前、8mを超える巨躯の、群れの長の死と共に沈静化した。
既存の獣の何れにも似ていない、まさしく異形の屍は、頭部を鉄骨で地面に突き刺されている。砕けた頭蓋から零れる脳は、呆れる程に小さかった。
「……ふぅ、終わった……」
息を乱してもいない、少女が居た。
骨格、武装、何れもが、戦地に在るべき姿には見えない。姿を見るだけならば、きっと平凡な少女と映っただろう。
だが――彼女の両手を濡らす、無数の怪物達の血が、その認識を覆す。
彼女の後方には、数十の屍。殴殺され、蹴り殺され、そして叩き潰された屍の山。
手傷も負わず、少女は――里中 雛未は、戦場を己の色に塗りつぶした。
「楊先生、残りの〝オス〟は?」
「この辺りのは、逃げたか死んだかだ。後方十数キロ、大きな群れは一つも無い……小型の個体が一頭二頭なら、分からねぇけどな。
おい、負傷者の治療は進んでるか!? 野営の用意は!? 今からは街に戻れねえぞ!」
雛未の所属する『315部隊』の教官――隊の指揮官も務める小柄な女が、体格に似合わぬ大声で指令を飛ばす。
声に背中を押されても、走り回る余力のある者は僅かであった。
日は傾いて、夕方。刻一刻と下がる温度は、屍の体温を忽ちに奪う。
だが、戦い続けた兵士達は、まるで寒さを感じていない。勝利の昂揚と、激しい疲労とで、体中に熱を宿していた。
「……あれが、里中 雛未」
その、兵士達の中に――たった一人、英雄に敵意を向ける者が居た。
彼女に、雛未に対する恨みは無い。何かの会合の折り、遠くに姿を見た事が有るに過ぎない。生に於いて接点は皆無だ。
だのに彼女は、雛未を敵と断じずして、生きていく事が出来ない訳を持っていた。
酷く独り善がりの、誰に理解されると、自分でさえ考えていない理由ではあるが――曲げられぬ、訳を持っていた。
「あれが、〝人類最強〟……!」
気付けば彼女は、隊列を乱して進み出ていた。
大量の武装を、こともなげに投げ捨てる。銃器、弾薬は言うに及ばず、ナイフにスタンガン、手を保護するグローブまで。
たった一つ、腰に吊るしたマチェットの鞘だけ、彼女は残して進み出た。
「……何だ、お前か。腹でも減ったなら飯は向こうだ、ほら」
指揮官の楊 菊蘭が、彼女を見つけてそう言った。言いながら、銃のグリップに手を掛ける。
ただならぬ表情は見て取れた。その狂気が、何処へ向かうものかが分からなかった。
戦地での狂気の発露は、容易く集団を殺す。例え敵が失せたとは言えど、そう容易くは警戒を解けない。
だが、彼女は楊の隣を素通りして――手に着いた血を洗おうとする、雛未の前に立つ。
「里中 雛未。ちょっと付き合ってくれる?」
「……は?」
対峙した二人の少女は、何れも十五歳――世界最後の子供、最後の人類である。
だが、既に幾つもの戦場を経た二人は、直感的に互いの戦力を理解した。
「どういうつもり?」
「あなたを、仕留める」
片や、不足の無い大敵だと。
片や、幾度か潜ったつまらぬ諍いだと。
「……楊先生。良い?」
「怪我はさせんなよ……いや、心配もねぇか」
世界最強の称号ともなれば、狙う命知らずは幾らでも居た。
言葉で説いても伝わらず、力を振るって見せねば、誰でも無く己を納得させられぬ人種が。
降りかかる火の粉を、雛未は払って生きてきた。ただの一度も、人に躓く事は無く。
だからこの日も。そんな見慣れた光景の一つになるだろうと、楊は判断したのだ。
「名前は?」
「……聞いてどうすんの」
「別に。ただ、そっちは私を知ってるみたいだから」
気になってさ、と。世間話の延長の様に言いながら、特に構えも取らぬ雛未。
対峙する少女は、両手で固く拳を作って、胸の前に掲げた。
「緋扇 操。忘れていいよ、別に。……覚えて欲しいんじゃないから」
設営の傍ら、野次馬がちらちらと視線を向けてくるのを、誰か気にする事も無く。
低く馳せる操を雛未は、王者の風格で待ち受けた。
「……しぃっ!」
操が先手を取り、初手、左のジャブから。極めて基本的な牽制動作を、雛未は余裕を持って後退し回避する。
当然ながら、初手から手応えを得られるとは操も思っていない。寧ろ予想していたかの様に、踏み込みながら、右拳を突き出した。腹でも胸でも何処へでも、兎角当たれという、力に任せた打だった。
「ぁ……っ!?」
それに、雛未が合わせる。左手で拳を払い落としながら、近づいてきた操の側頭部目掛け、大きく外側から巻き込む様なフックを、カウンター気味に放った。
まるで構えもせぬ状態から、ノーモーションで射出された拳――操は低く体を沈める事で、こめかみを狙う拳から逃げた。髪が幾本か、はらりと舞う。丸い拳が刃物と化して、操の前髪を僅かに切断していた。
胆は冷えたが、これで脇が開いた。仕返しとばかりに突き出されたのは操の左拳、鉤突きを返す。やはり手応えは無く、雛未は後方に逃れた。
「……へぇ。結構速いね」
「ちっ……」
雛未は別段驚いた様子も無く、変わらず自然体の侭で立つ。
傍目には同等の攻防と映ったかも知れない。結局二人の何れも、被弾は一つも無いのだから。
だが――ほかならぬ操が、戦いを仕掛けた本人こそが、攻防の意味を深く理解していた。
舌打ちをしながらも、眼前の〝最強〟の戦力を分析する。
まず驚くべきは、全ての瞬発力。後退、制止、攻撃、全ての挙動が〝唐突〟なのだ。
身構えぬ状態から最大速度を叩き出し、瞬時に速度をゼロにして、再び最大速度で動き始める。
雛未が放ったフックは、洗練された軌道では無かった。対人格闘の訓練など、殆ど受けていないのだろう。
然し、それでも雛未の戦力は、操が向かい合ったこれまでの誰よりも、明らかに上だと分かった。
「終わりにしてくれる?」
「まさか!」
「……だろうね」
間合いを開けてから、雛未は〝待った〟。操が何か行動を起こすまで、何もせず、じっと、ただ待っていた。
傲慢なのではない。受けて立つ事を、覚えてしまったのだろう。相手の土俵で戦って、満足の行くまで蹂躙してやる。それでこそ相手が納得できるのだと、知ってしまったのだろう。
そんな気遣いさえ、操には余裕と受け取れて苛立ちが増す。
「……じゃあ、使うよ」
操が、拳を開いた。
同時に雛未は、僅かだが、これまでより大きく目を見開く。右足を後方に引いて、左半身を操に向けた。
成程、最強は鼻も最強かと、操は内心ほくそ笑んで、すり足気味に接近した。
先手は、やはり操。踏込に合わせた左掌底が、突き上げる様な軌道で、雛未の顎を狙う。
先程より格段に速くなった打撃を、雛未は右手で払い落とそうとして――左掌に雛未の手首がぶつかった瞬間、操はそれを掴んだ。
そして、引く。雛未の体勢は崩れないが、代わりに操が近づく。踏み込みに引く力を合わせ、接近速度は最初の倍も速かった。
雛未の身長は160cm、操は153cm。身長7cmの差は、打撃戦に於いては非常に大きい。ましてや操は対人格闘の、特に近接戦へ特化した者。近づけば近づく程に、優位は増す筈であった。
其処へ――膝が、操を迎え撃つ。
近接戦用の武器として、殺傷力と、宛所を選ばないのが膝だ。雛未の右膝は、操の胸を、右腕の防御の上から撃ち抜いた。
「ぇげっ……!?」
肺が押しつぶされ、意識とは無関係に、操は空気を吐き出した。
防いで尚も、身体を浮かせる程の衝撃。捕まえた腕を逃がしてまで、操は左手を引き戻す。追撃が来ると、そう思ったのだ。
間違いは無く、打ち下ろされる左拳。頭に受ければ、それで終わる。咄嗟に操は、目の前の体に組み付いた。
格闘技で言う所の〝胴タックル〟の体勢――相手の胸を肩で押し、腰を両腕で引き寄せ、自由な動きを殺す技術。密着してしまえば、例え雛未の拳でも、威力を十分に殺せるし――地面に倒してしまえば、柔術を主の技術とする操が、絶対の有利を得る。
雛未は、倒れなかった。片足を突っ張って、押し込む操の力と拮抗させ――もう片足を外側から回しこんで、操の脇腹を膝で打つ。一度、二度、三度。勢いを付けられない形だと言うのに、筋肉を通り越して内臓まで響く様な衝撃――クラッチが、緩んだ。
そこから先は、狙撃手の楊の目で、かろうじて見える程度の速さ。後ろ襟を掴んで操を引き剥がし、弓を引く様に右拳を後方へ。そして――鳩尾目掛け、放つ。命中の瞬間に拳を捻り込み、最後まで腕を振り抜いた。
打たれた操は、内臓全てがせり上がり、喉から飛び出す様な錯覚を受ける。思わず、口を手で塞いだ。明滅する視界が僅かに鮮明になった時、自分が仰向けに倒れている事に気付いた。雛未の拳は、操を後方に2mも吹き飛ばしていた――たたらを踏ませてでは無い。浮かせて、だ。
「先生、終わった」
「内臓(ワタ)潰してねぇだろうなと言いたいが……雛未、待て」
「……ん?」
確実な手応え――立ち上がりはするまいと、雛未は去ろうとした。楊が、雛未の足を止めた。
がさ、と地面を擦る音が聞こえて、振り向いた雛未の目には――もう立ち上がった、操の姿が有った。
「頑丈な子だね、先生」
「……フェアじゃねぇと思ったから言わなかったが、教えてやる。そいつと、そいつの師の技は、人殺し用だ。何人も何人も、素手で縊り殺して殴り殺した女が、自分の技を叩き込んで出来上がったのが、そいつだ。雛未、命令を変える……〝大怪我をさせるな〟」
分かった、と。短く答えた雛未は、とうとう両手で拳を作り、顎の下に置いた――構えたのだ。
加減の程度を解放された、それだけが理由では無い。殺人術を向けられる事に、怯えた訳でも無い。
そうすべきだと、判断したのだ――今日を、生き延びる為に。
「はっ、はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、操は対照的に、構えを捨てた。
両手を下げ、前傾の姿勢を取り。痛みを訴える体を、たった一つの目的意識で黙らせる。
「……こ、ぉ、……はぁ、はぁっ……す」
緋扇 操には『誰も居』ない。
貴女が一番だと、愛を囁く恋人も、肩を組む友人も、忠を尽くす部下も、目を掛ける上官も。
人並みに知人は居て、戦地を巡る内に戦友も増えた。だが――彼等の心の〝一番〟の椅子に、操が座った事は無い。
私を見ろと、吠える用に戦った。戦って、無駄を削いで、刃の様に薄くなる程、人からは近づき難い存在となる。
まだ足りない。戦果も、強さも。だから〝世界最強〟の首を狙った。
誰よりも強くなれば――誰よりも、頼られる様になれば。
「殺してやる……!」
その時こそは、誰かの一番になれるのではないか、と。
操は躊躇無く、人差し指で雛未の目を狙った。避けられ、入れ違いに飛ぶ拳を、防がぬ侭に蹴りを返した。
一撃で肩を鈍らせる鉄槌と引き換えに、初めて打ち込んだ蹴りは、雛未の脛を強かに打つ。痛みで怯む相手では無いが、動きが鈍るのは必定だ。
蹴り足を垂直に降ろし、降下速度を推進力に変え、腹部を狙う四本貫手――小指から人差し指まで真っ直ぐ揃え、指先で突く。拳では衝撃が分散するが、この斬撃にも近い性質の打ならば、雛未の腹筋をさえ十分に貫いて衝撃を与えた。
「ぐっ……!」
初めて、雛未が苦悶の声を漏らす。それでも、返す拳に些かの衰えも無い。間合いを詰める操に対して、懐から振り上げる様に放った拳が、操の脇腹へ突き刺さった。
操は自分の体内から、乾いた音が響くのを聞いた。膝を幾度か重ねられた場所へ、駄目押しとばかり重なった拳――左の肋骨が幾つか、持って行かれたと知る。
痛みは有った。それ以上の陶酔感が操を支配していた。
この敵を――そう、敵を。人間を敵と考える思想は、人の増えないこの世界では、もはや狂人の物とは知りながら。雛未が自分に、一切の不利益を与えた事が無いと知りながら。
そうだ、討ち果たさずにはいられない。其処に里中 雛未が居るから。
人類最強を打ち取ってこそ、操は自分を認められる。自分の価値を、確かに感じられるのだ。
中指で鳩尾を突く。親指で脇腹を抉る。柔術で培われた握力が、指先を拳以上の凶器に変える。
こんな技は知らないだろうと、誇る様に繰り出される、急所狙いの攻撃の数々――雛未は払い、受け流し、時折は身に突き立てられながらも、それ以上の威力の拳を、蹴りを打ち返し続けた。
元より、雛未の優位は傾かない。もはや殺さねば良いとまでリミッターを振り切った打撃が、位置関係をより強固にする。
だが――果てが、雛未には見えていなかった。
これだけ打ち込めば、とうに倒れている筈だ、と。普段なら見えているラインを越えて、それでも手を止めない相手。明らかに不利な撃ち合いを続け、傷を負い続けながら、それでも――
「ふ……はああぁっ!」
倒れぬ〝敵〟を沈めんが為、雛未は操の打に合わせ、顔面狙いの拳を振るった。
速度、タイミング、全てが尋常の粋から逸脱した、最強の〝単なる左拳〟は、過たず操の右目を打ち――
――操の両手が、雛未の左手首を掴んだ。
ぎゃっ、と靴の踵を鳴らし、操は体を回転させながら踏み込む。右足を軸に、反時計回りに、雛未と背中合わせになる様に。
雛未の腕を後方に捻り上げながら、更に左手を伸ばし、後方から顎をロックした。
腰を落とす。身長差も相まって、雛未の体が後方に反る。
「……! 受け身を取れ、雛未っ!!」
楊 菊蘭が、初めて叫んだ。
彼女には、見覚えが有った。数年前に、何処かの国の戦線で顔を合わせた、金目的の傭兵の技を。
敏捷、かつ刃物の扱いにも長け、確かに優秀ではあるが、飛びぬけて強かった訳では無い女――カムイ・紅雪。
だが、彼女がたった一つ、誰よりも長けていた分野が有る。
直立二足歩行、人の形状を十分に残した〝オス〟を――武器を使わず、投げ殺す事だった。
「――しゃあっ!」
蛇が、舌と共に突き出す、呼吸音にも似た奇声。
固定した頭蓋を操は、眼前の地面目掛けて振り下ろした。
一投必殺〝鉢崩し〟――受け身を取れと楊は叫んだが、そもこの技は、〝受け身を取らせない〟ものだ。
頭を掴み、真っ直ぐに地面へと誘導する。衝突の瞬間には、相手と、更には投げ手の二人分の体重が、限界まで与えられた加速と共に、頭蓋の一点へ集中する。
例え里中雛未と言えど、人間。頭を砕かれて、生きていられるものか。もはや操に、躊躇いなど無かった。
ごん、と鈍い音が、見守る者の鼓膜を叩いた。惨状の予感に目を覆った者さえ居た。だが――展開された光景は、誰の予想をも上回っていた。
雛未は、受け身を取った。当然だが〝鉢崩し〟は、尋常の受け身を許さぬ殺し投げ。背から落ちるという様な、真っ当な受け方は許されない。
雛未は右の拳を、地面に叩き付けて受けた。人二人の体重と加速を、僅か片腕で殺しきったのだ。自らの技の勢いで前転した操は、仰向けのまま首だけ傾けて、片腕で倒立する雛未の姿を見た。
「……はっ」
たった一声、嗤う。すうと立ち上がった雛未に対し、もはや操に、立ち上がる余力など残っては居なかった。
振り上げられた拳が、丁寧に顎を打つ。意識は闇の中へ消え――視界が暗くなる最後の一瞬まで、〝世界最強〟は眼前に君臨していた。
「……今度こそ、終わった、と、……思う」
「終わってるよ。おい! 誰かそこの馬鹿を運んでやれ! それから救護班を寄越せ!」
「要らないって、大きな怪我もしてないし」
滲んだ汗を拭いながら、雛未は呼吸を整える。既に心拍数は、平常のものに戻りつつあった。
彼女自身が言う通り、身体に受けた打撃は、大きな物でも僅かな痣を作る程度で、何れも一晩あれば痛みは抜けきるだろう。筋肉、骨の異常は無し――たった一点を除いて。
「右腕はどうだ、雛未」
「……手首と肘を壊された。向こうも、骨が何本か折れてると思う……目は潰れてないだろうけど、周りは酷く腫れるんじゃないかな」
「加減を、しくじったな」
無言で頷く雛未の頭を、楊はがさがさと撫で乱してやりながら――
「……対〝オス〟じゃない、対人特化の技。あんなもんも、まだ世の中には残ってる。お前はブランドだ、壊しに来る奴も出るかも知れねぇ。次は対処できるようにしておけよ」
「大丈夫、覚えたから。……向こうにも、覚えられたかも知れないけど」
「そうかよ。まあ良い、とっとと鶴に治療を受けて来い。ただ、誰にやられたかは言うな」
「え……鶴じゃなきゃ、駄目?」
「駄目」
担架で運ばれていく操を、目だけで負っていた。
間違いなく雛未は勝った。残された結果だけを見れば、最初から勝負にもならなかった――それでも。
「雛未。なんであいつが、倒れなかったか分かるか」
「……分からない」
「お前とあいつは、逆だが似てんだよ。死なない為に、お前は死を恐れない。あいつは……死んでもいいから、何かを叶えたいって、そういう奴だ。……馬鹿だしな。
あの手合いが本気になれば、殺すしかねーって程度には面倒な人種だ。カムイの馬鹿には言って聞かせておくが……次に顔を合わせたら、背中を狙われねぇ様に気を付けろ」
人間一人の戦力とは、果たしてどの程度のものか。
如何程に鍛え上げた武者と言えど、数百の弓の前に、数十の銃器の前に、そしてたった一つの爆弾の前に朽ちる、それが戦いだった。
何時しか戦いの体系は、一個の巨大な戦力が左右する、古代の有り方に近づいている――〝オス〟という破壊者の為に。
全てが変わってしまった世界で、最後の子供として生まれて。自分は絶対者であると、奢らずにただ、冷静に認識していた雛未。
その絶対に牙を立てた少女は、未だに目を覚ます様子は無かったが、その小さな体と凶暴な目を思い出すにつけ――自分は良くないものばかり呼び寄せるのだなと、雛未は溜息を吐きながら、腕の痛みの憂鬱に耐えた。
〝人〟と〝化け物〟が群れて、肥沃な大地を争った――此処は、その名残り。戦闘はつい数分前、8mを超える巨躯の、群れの長の死と共に沈静化した。
既存の獣の何れにも似ていない、まさしく異形の屍は、頭部を鉄骨で地面に突き刺されている。砕けた頭蓋から零れる脳は、呆れる程に小さかった。
「……ふぅ、終わった……」
息を乱してもいない、少女が居た。
骨格、武装、何れもが、戦地に在るべき姿には見えない。姿を見るだけならば、きっと平凡な少女と映っただろう。
だが――彼女の両手を濡らす、無数の怪物達の血が、その認識を覆す。
彼女の後方には、数十の屍。殴殺され、蹴り殺され、そして叩き潰された屍の山。
手傷も負わず、少女は――里中 雛未は、戦場を己の色に塗りつぶした。
「楊先生、残りの〝オス〟は?」
「この辺りのは、逃げたか死んだかだ。後方十数キロ、大きな群れは一つも無い……小型の個体が一頭二頭なら、分からねぇけどな。
おい、負傷者の治療は進んでるか!? 野営の用意は!? 今からは街に戻れねえぞ!」
雛未の所属する『315部隊』の教官――隊の指揮官も務める小柄な女が、体格に似合わぬ大声で指令を飛ばす。
声に背中を押されても、走り回る余力のある者は僅かであった。
日は傾いて、夕方。刻一刻と下がる温度は、屍の体温を忽ちに奪う。
だが、戦い続けた兵士達は、まるで寒さを感じていない。勝利の昂揚と、激しい疲労とで、体中に熱を宿していた。
「……あれが、里中 雛未」
その、兵士達の中に――たった一人、英雄に敵意を向ける者が居た。
彼女に、雛未に対する恨みは無い。何かの会合の折り、遠くに姿を見た事が有るに過ぎない。生に於いて接点は皆無だ。
だのに彼女は、雛未を敵と断じずして、生きていく事が出来ない訳を持っていた。
酷く独り善がりの、誰に理解されると、自分でさえ考えていない理由ではあるが――曲げられぬ、訳を持っていた。
「あれが、〝人類最強〟……!」
気付けば彼女は、隊列を乱して進み出ていた。
大量の武装を、こともなげに投げ捨てる。銃器、弾薬は言うに及ばず、ナイフにスタンガン、手を保護するグローブまで。
たった一つ、腰に吊るしたマチェットの鞘だけ、彼女は残して進み出た。
「……何だ、お前か。腹でも減ったなら飯は向こうだ、ほら」
指揮官の楊 菊蘭が、彼女を見つけてそう言った。言いながら、銃のグリップに手を掛ける。
ただならぬ表情は見て取れた。その狂気が、何処へ向かうものかが分からなかった。
戦地での狂気の発露は、容易く集団を殺す。例え敵が失せたとは言えど、そう容易くは警戒を解けない。
だが、彼女は楊の隣を素通りして――手に着いた血を洗おうとする、雛未の前に立つ。
「里中 雛未。ちょっと付き合ってくれる?」
「……は?」
対峙した二人の少女は、何れも十五歳――世界最後の子供、最後の人類である。
だが、既に幾つもの戦場を経た二人は、直感的に互いの戦力を理解した。
「どういうつもり?」
「あなたを、仕留める」
片や、不足の無い大敵だと。
片や、幾度か潜ったつまらぬ諍いだと。
「……楊先生。良い?」
「怪我はさせんなよ……いや、心配もねぇか」
世界最強の称号ともなれば、狙う命知らずは幾らでも居た。
言葉で説いても伝わらず、力を振るって見せねば、誰でも無く己を納得させられぬ人種が。
降りかかる火の粉を、雛未は払って生きてきた。ただの一度も、人に躓く事は無く。
だからこの日も。そんな見慣れた光景の一つになるだろうと、楊は判断したのだ。
「名前は?」
「……聞いてどうすんの」
「別に。ただ、そっちは私を知ってるみたいだから」
気になってさ、と。世間話の延長の様に言いながら、特に構えも取らぬ雛未。
対峙する少女は、両手で固く拳を作って、胸の前に掲げた。
「緋扇 操。忘れていいよ、別に。……覚えて欲しいんじゃないから」
設営の傍ら、野次馬がちらちらと視線を向けてくるのを、誰か気にする事も無く。
低く馳せる操を雛未は、王者の風格で待ち受けた。
「……しぃっ!」
操が先手を取り、初手、左のジャブから。極めて基本的な牽制動作を、雛未は余裕を持って後退し回避する。
当然ながら、初手から手応えを得られるとは操も思っていない。寧ろ予想していたかの様に、踏み込みながら、右拳を突き出した。腹でも胸でも何処へでも、兎角当たれという、力に任せた打だった。
「ぁ……っ!?」
それに、雛未が合わせる。左手で拳を払い落としながら、近づいてきた操の側頭部目掛け、大きく外側から巻き込む様なフックを、カウンター気味に放った。
まるで構えもせぬ状態から、ノーモーションで射出された拳――操は低く体を沈める事で、こめかみを狙う拳から逃げた。髪が幾本か、はらりと舞う。丸い拳が刃物と化して、操の前髪を僅かに切断していた。
胆は冷えたが、これで脇が開いた。仕返しとばかりに突き出されたのは操の左拳、鉤突きを返す。やはり手応えは無く、雛未は後方に逃れた。
「……へぇ。結構速いね」
「ちっ……」
雛未は別段驚いた様子も無く、変わらず自然体の侭で立つ。
傍目には同等の攻防と映ったかも知れない。結局二人の何れも、被弾は一つも無いのだから。
だが――ほかならぬ操が、戦いを仕掛けた本人こそが、攻防の意味を深く理解していた。
舌打ちをしながらも、眼前の〝最強〟の戦力を分析する。
まず驚くべきは、全ての瞬発力。後退、制止、攻撃、全ての挙動が〝唐突〟なのだ。
身構えぬ状態から最大速度を叩き出し、瞬時に速度をゼロにして、再び最大速度で動き始める。
雛未が放ったフックは、洗練された軌道では無かった。対人格闘の訓練など、殆ど受けていないのだろう。
然し、それでも雛未の戦力は、操が向かい合ったこれまでの誰よりも、明らかに上だと分かった。
「終わりにしてくれる?」
「まさか!」
「……だろうね」
間合いを開けてから、雛未は〝待った〟。操が何か行動を起こすまで、何もせず、じっと、ただ待っていた。
傲慢なのではない。受けて立つ事を、覚えてしまったのだろう。相手の土俵で戦って、満足の行くまで蹂躙してやる。それでこそ相手が納得できるのだと、知ってしまったのだろう。
そんな気遣いさえ、操には余裕と受け取れて苛立ちが増す。
「……じゃあ、使うよ」
操が、拳を開いた。
同時に雛未は、僅かだが、これまでより大きく目を見開く。右足を後方に引いて、左半身を操に向けた。
成程、最強は鼻も最強かと、操は内心ほくそ笑んで、すり足気味に接近した。
先手は、やはり操。踏込に合わせた左掌底が、突き上げる様な軌道で、雛未の顎を狙う。
先程より格段に速くなった打撃を、雛未は右手で払い落とそうとして――左掌に雛未の手首がぶつかった瞬間、操はそれを掴んだ。
そして、引く。雛未の体勢は崩れないが、代わりに操が近づく。踏み込みに引く力を合わせ、接近速度は最初の倍も速かった。
雛未の身長は160cm、操は153cm。身長7cmの差は、打撃戦に於いては非常に大きい。ましてや操は対人格闘の、特に近接戦へ特化した者。近づけば近づく程に、優位は増す筈であった。
其処へ――膝が、操を迎え撃つ。
近接戦用の武器として、殺傷力と、宛所を選ばないのが膝だ。雛未の右膝は、操の胸を、右腕の防御の上から撃ち抜いた。
「ぇげっ……!?」
肺が押しつぶされ、意識とは無関係に、操は空気を吐き出した。
防いで尚も、身体を浮かせる程の衝撃。捕まえた腕を逃がしてまで、操は左手を引き戻す。追撃が来ると、そう思ったのだ。
間違いは無く、打ち下ろされる左拳。頭に受ければ、それで終わる。咄嗟に操は、目の前の体に組み付いた。
格闘技で言う所の〝胴タックル〟の体勢――相手の胸を肩で押し、腰を両腕で引き寄せ、自由な動きを殺す技術。密着してしまえば、例え雛未の拳でも、威力を十分に殺せるし――地面に倒してしまえば、柔術を主の技術とする操が、絶対の有利を得る。
雛未は、倒れなかった。片足を突っ張って、押し込む操の力と拮抗させ――もう片足を外側から回しこんで、操の脇腹を膝で打つ。一度、二度、三度。勢いを付けられない形だと言うのに、筋肉を通り越して内臓まで響く様な衝撃――クラッチが、緩んだ。
そこから先は、狙撃手の楊の目で、かろうじて見える程度の速さ。後ろ襟を掴んで操を引き剥がし、弓を引く様に右拳を後方へ。そして――鳩尾目掛け、放つ。命中の瞬間に拳を捻り込み、最後まで腕を振り抜いた。
打たれた操は、内臓全てがせり上がり、喉から飛び出す様な錯覚を受ける。思わず、口を手で塞いだ。明滅する視界が僅かに鮮明になった時、自分が仰向けに倒れている事に気付いた。雛未の拳は、操を後方に2mも吹き飛ばしていた――たたらを踏ませてでは無い。浮かせて、だ。
「先生、終わった」
「内臓(ワタ)潰してねぇだろうなと言いたいが……雛未、待て」
「……ん?」
確実な手応え――立ち上がりはするまいと、雛未は去ろうとした。楊が、雛未の足を止めた。
がさ、と地面を擦る音が聞こえて、振り向いた雛未の目には――もう立ち上がった、操の姿が有った。
「頑丈な子だね、先生」
「……フェアじゃねぇと思ったから言わなかったが、教えてやる。そいつと、そいつの師の技は、人殺し用だ。何人も何人も、素手で縊り殺して殴り殺した女が、自分の技を叩き込んで出来上がったのが、そいつだ。雛未、命令を変える……〝大怪我をさせるな〟」
分かった、と。短く答えた雛未は、とうとう両手で拳を作り、顎の下に置いた――構えたのだ。
加減の程度を解放された、それだけが理由では無い。殺人術を向けられる事に、怯えた訳でも無い。
そうすべきだと、判断したのだ――今日を、生き延びる為に。
「はっ、はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら、操は対照的に、構えを捨てた。
両手を下げ、前傾の姿勢を取り。痛みを訴える体を、たった一つの目的意識で黙らせる。
「……こ、ぉ、……はぁ、はぁっ……す」
緋扇 操には『誰も居』ない。
貴女が一番だと、愛を囁く恋人も、肩を組む友人も、忠を尽くす部下も、目を掛ける上官も。
人並みに知人は居て、戦地を巡る内に戦友も増えた。だが――彼等の心の〝一番〟の椅子に、操が座った事は無い。
私を見ろと、吠える用に戦った。戦って、無駄を削いで、刃の様に薄くなる程、人からは近づき難い存在となる。
まだ足りない。戦果も、強さも。だから〝世界最強〟の首を狙った。
誰よりも強くなれば――誰よりも、頼られる様になれば。
「殺してやる……!」
その時こそは、誰かの一番になれるのではないか、と。
操は躊躇無く、人差し指で雛未の目を狙った。避けられ、入れ違いに飛ぶ拳を、防がぬ侭に蹴りを返した。
一撃で肩を鈍らせる鉄槌と引き換えに、初めて打ち込んだ蹴りは、雛未の脛を強かに打つ。痛みで怯む相手では無いが、動きが鈍るのは必定だ。
蹴り足を垂直に降ろし、降下速度を推進力に変え、腹部を狙う四本貫手――小指から人差し指まで真っ直ぐ揃え、指先で突く。拳では衝撃が分散するが、この斬撃にも近い性質の打ならば、雛未の腹筋をさえ十分に貫いて衝撃を与えた。
「ぐっ……!」
初めて、雛未が苦悶の声を漏らす。それでも、返す拳に些かの衰えも無い。間合いを詰める操に対して、懐から振り上げる様に放った拳が、操の脇腹へ突き刺さった。
操は自分の体内から、乾いた音が響くのを聞いた。膝を幾度か重ねられた場所へ、駄目押しとばかり重なった拳――左の肋骨が幾つか、持って行かれたと知る。
痛みは有った。それ以上の陶酔感が操を支配していた。
この敵を――そう、敵を。人間を敵と考える思想は、人の増えないこの世界では、もはや狂人の物とは知りながら。雛未が自分に、一切の不利益を与えた事が無いと知りながら。
そうだ、討ち果たさずにはいられない。其処に里中 雛未が居るから。
人類最強を打ち取ってこそ、操は自分を認められる。自分の価値を、確かに感じられるのだ。
中指で鳩尾を突く。親指で脇腹を抉る。柔術で培われた握力が、指先を拳以上の凶器に変える。
こんな技は知らないだろうと、誇る様に繰り出される、急所狙いの攻撃の数々――雛未は払い、受け流し、時折は身に突き立てられながらも、それ以上の威力の拳を、蹴りを打ち返し続けた。
元より、雛未の優位は傾かない。もはや殺さねば良いとまでリミッターを振り切った打撃が、位置関係をより強固にする。
だが――果てが、雛未には見えていなかった。
これだけ打ち込めば、とうに倒れている筈だ、と。普段なら見えているラインを越えて、それでも手を止めない相手。明らかに不利な撃ち合いを続け、傷を負い続けながら、それでも――
「ふ……はああぁっ!」
倒れぬ〝敵〟を沈めんが為、雛未は操の打に合わせ、顔面狙いの拳を振るった。
速度、タイミング、全てが尋常の粋から逸脱した、最強の〝単なる左拳〟は、過たず操の右目を打ち――
――操の両手が、雛未の左手首を掴んだ。
ぎゃっ、と靴の踵を鳴らし、操は体を回転させながら踏み込む。右足を軸に、反時計回りに、雛未と背中合わせになる様に。
雛未の腕を後方に捻り上げながら、更に左手を伸ばし、後方から顎をロックした。
腰を落とす。身長差も相まって、雛未の体が後方に反る。
「……! 受け身を取れ、雛未っ!!」
楊 菊蘭が、初めて叫んだ。
彼女には、見覚えが有った。数年前に、何処かの国の戦線で顔を合わせた、金目的の傭兵の技を。
敏捷、かつ刃物の扱いにも長け、確かに優秀ではあるが、飛びぬけて強かった訳では無い女――カムイ・紅雪。
だが、彼女がたった一つ、誰よりも長けていた分野が有る。
直立二足歩行、人の形状を十分に残した〝オス〟を――武器を使わず、投げ殺す事だった。
「――しゃあっ!」
蛇が、舌と共に突き出す、呼吸音にも似た奇声。
固定した頭蓋を操は、眼前の地面目掛けて振り下ろした。
一投必殺〝鉢崩し〟――受け身を取れと楊は叫んだが、そもこの技は、〝受け身を取らせない〟ものだ。
頭を掴み、真っ直ぐに地面へと誘導する。衝突の瞬間には、相手と、更には投げ手の二人分の体重が、限界まで与えられた加速と共に、頭蓋の一点へ集中する。
例え里中雛未と言えど、人間。頭を砕かれて、生きていられるものか。もはや操に、躊躇いなど無かった。
ごん、と鈍い音が、見守る者の鼓膜を叩いた。惨状の予感に目を覆った者さえ居た。だが――展開された光景は、誰の予想をも上回っていた。
雛未は、受け身を取った。当然だが〝鉢崩し〟は、尋常の受け身を許さぬ殺し投げ。背から落ちるという様な、真っ当な受け方は許されない。
雛未は右の拳を、地面に叩き付けて受けた。人二人の体重と加速を、僅か片腕で殺しきったのだ。自らの技の勢いで前転した操は、仰向けのまま首だけ傾けて、片腕で倒立する雛未の姿を見た。
「……はっ」
たった一声、嗤う。すうと立ち上がった雛未に対し、もはや操に、立ち上がる余力など残っては居なかった。
振り上げられた拳が、丁寧に顎を打つ。意識は闇の中へ消え――視界が暗くなる最後の一瞬まで、〝世界最強〟は眼前に君臨していた。
「……今度こそ、終わった、と、……思う」
「終わってるよ。おい! 誰かそこの馬鹿を運んでやれ! それから救護班を寄越せ!」
「要らないって、大きな怪我もしてないし」
滲んだ汗を拭いながら、雛未は呼吸を整える。既に心拍数は、平常のものに戻りつつあった。
彼女自身が言う通り、身体に受けた打撃は、大きな物でも僅かな痣を作る程度で、何れも一晩あれば痛みは抜けきるだろう。筋肉、骨の異常は無し――たった一点を除いて。
「右腕はどうだ、雛未」
「……手首と肘を壊された。向こうも、骨が何本か折れてると思う……目は潰れてないだろうけど、周りは酷く腫れるんじゃないかな」
「加減を、しくじったな」
無言で頷く雛未の頭を、楊はがさがさと撫で乱してやりながら――
「……対〝オス〟じゃない、対人特化の技。あんなもんも、まだ世の中には残ってる。お前はブランドだ、壊しに来る奴も出るかも知れねぇ。次は対処できるようにしておけよ」
「大丈夫、覚えたから。……向こうにも、覚えられたかも知れないけど」
「そうかよ。まあ良い、とっとと鶴に治療を受けて来い。ただ、誰にやられたかは言うな」
「え……鶴じゃなきゃ、駄目?」
「駄目」
担架で運ばれていく操を、目だけで負っていた。
間違いなく雛未は勝った。残された結果だけを見れば、最初から勝負にもならなかった――それでも。
「雛未。なんであいつが、倒れなかったか分かるか」
「……分からない」
「お前とあいつは、逆だが似てんだよ。死なない為に、お前は死を恐れない。あいつは……死んでもいいから、何かを叶えたいって、そういう奴だ。……馬鹿だしな。
あの手合いが本気になれば、殺すしかねーって程度には面倒な人種だ。カムイの馬鹿には言って聞かせておくが……次に顔を合わせたら、背中を狙われねぇ様に気を付けろ」
人間一人の戦力とは、果たしてどの程度のものか。
如何程に鍛え上げた武者と言えど、数百の弓の前に、数十の銃器の前に、そしてたった一つの爆弾の前に朽ちる、それが戦いだった。
何時しか戦いの体系は、一個の巨大な戦力が左右する、古代の有り方に近づいている――〝オス〟という破壊者の為に。
全てが変わってしまった世界で、最後の子供として生まれて。自分は絶対者であると、奢らずにただ、冷静に認識していた雛未。
その絶対に牙を立てた少女は、未だに目を覚ます様子は無かったが、その小さな体と凶暴な目を思い出すにつけ――自分は良くないものばかり呼び寄せるのだなと、雛未は溜息を吐きながら、腕の痛みの憂鬱に耐えた。